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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4230号 判決 1956年10月30日

原告 株式会社博信社

被告 早田茂 外二名

主文

被告早田茂は原告に対し別紙<省略>目録記載の建物につき(東京法務局杉並出張所昭和二十八年一月二十四日受附第九四六号を以て原告のためになされた所有権移転請求権保全の仮登記の本登記として)昭和三十年六月一日附代物弁済に因る所有権移転登記手続をなし、且つ右建物を明渡せ。

被告小池豊は原告に対し別紙目録記載の建物の内、階下の玄関(約一坪)、二畳一室(押入付)、六畳二間(各押入付)、台所(約一坪半)、及び土間(台所に通ずる横手入口の約半坪のタタキ)を明渡せ。

被告柴崎利子は原告に対し別紙目録記載の建物の内、前項の部分を除いたその余の部分(二階八畳、階下の道路より見て最後部に位置する六畳、三畳、附属廊下便所)を明渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨(但し別紙目録の建物の表示として木造亜鉛板葺とあるは甲第一号証に照し木造瓦亜鉛交葺の誤記であることが明白である。)の判決並に各被告に対する建物明渡を命ずる部分につき担保供与による仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求の原因として、

(一)  原告は紙類の販売を業とする株式会社であるが、出版業を営む訴外株式会社学芸図書出版社京北書房(以下単に京北書房と略称する)の代表取締役をしてゐた被告早田茂との間に昭和二十七年十月三十日原告が京北書房との間の継続的紙の取引により右書房に対し現に取得し又は将来取得する債権の担保として同被告所有の別紙目録記載の建物につき原告のために債権極度額二百万円、存続期間昭和三十年九月三十日、上叙取引上の債権の一つに対してでも不履行があつたときは、全債権につき債務者は期限の利益を失う旨の根抵当権を設定し、同時に右根抵当権の被担保債権の弁済期到来の際は、その存続期間内でも原告は現存債権に対する支払に代へ、右建物の所有権を譲受けることができることとし、原告が右譲受の権利を行使したときは、同被告は原告に対し、直ちに建物所有権移転登記手続をなし且つ建物を明渡す旨の約定が成立し、右約定に基き東京法務局杉並出張所昭和二十八年一月二十四日受附第九四六号を以て原告のために上叙代物弁済の予約による所有権移転請求権保全の仮登記が経由された。

(二)  ところで原告は京北書房に対し代金月末払の約で

(イ)  昭和二十八年八月四日「はと印」クロス四本を代金三千六百円で、特白嶺四十連千四百ポンドを代金七万四千四百円で、又同月二十日BP刷十連五百ポンドを代金一万七千五百円で、ピンク色上質二分の一連四十一ポンドを代金二千八百円で、白多摩一連八十ポンドを代金三千八百四十円で売渡したが同月末までに内金八十五円五十銭の未払分を生じ、

(ロ)  昭和二十八年九月十二日特白嶺二百五連一万二千三百ポンドを代金五十七万千九百五十円で、ダルマ十六連九百六十ポンドを代金五万千八百四十円で、ダルマ五連四百ポンドを代金二万千六百円で売渡したが同月末になつても内金六十二万七千百八十三円を支払はない。

(三)  右(二)以外の取引による支払のため京北書房は原告に宛て

(1)  昭和二十八年八月一日金額十五万円、満期同年十月二十日支払地東京都文京区、支払場所株式会社三菱銀行江戸川支店、振出地東京都新宿区とした約束手形一通を、

(2)  昭和二十八年八月一日金額十六万九千円満期同年十一月六日その他の記載事項(1) と同一の約束手形一通を、

(3)  昭和二十八年八月一日金額二十万円満期同年十一月十六日その他の記載事項(1) と同一の約束手形一通を、

(4)  昭和二十八年八月三十日金額八十万円満期同年九月三十日支払地東京都新宿区、支払場所株式会社千代田銀行江戸川支店、振出地東京都文京区とした約束手形一通を、

(5)  昭和二十八年九月十八日金額十六万八千円満期同年十二月六日その他の記載事項(1) と同一の約束手形一通を、振出し原告は現に右各手形の所持人であるが(1) の手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めて拒絶され、その後右各手形金に対する内金として五十二万二千三百八十四円の支払があつたが、残余の九十六万四千六百十六円の支払がない。

(四)  以上の次第であるから遅くとも昭和二十八年十二月六日には上述の原告の全債権(弁済分を除く)につき履行期が到来してゐるのにその支払がないので、原告は(一)の代物弁済の予約に基き、被告早田に宛て上叙各債権未済額合計百五十九万千八百八十四円五十銭の支払に代へ、別紙目録記載の建物を譲受ける旨の意思表示をしたが、その意思表示は昭和三十年六月一日同被告に到達した。

よつて原告は被告早田に対し(一)の約定により本件建物所有権移転登記手続をなし且つ建物の明渡を求めるものである。

(五)  被告小池豊は別紙目録記載の建物の内、主文第二項掲記の部分を又被告柴崎利子は主文第三項掲記の部分を占有してゐるが、右建物はすでに述べたところにより明なように、原告の京北書房に対する債権の代物弁済として原告の所有に帰してゐるので、右所有権に基き、右各被告に対しその各占有部分の明渡を求めるものである。

被告小池、柴崎の各抗弁事実はこれを否認する。仮に右被告等の建物占有が、その主張する如く、被告早田より賃借したことに由来するものだとしても、原告は同被告等主張の賃貸借に先立ち、代物弁済の予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経て居り、その後右予約に因る代物弁済受領の権利を行使し、本訴において所有権移転登記手続をも求めてゐるのだから、前示仮登記により本件建物についての原告の権利は、その順位を保存されてゐるので被告等主張の賃貸借を以て原告に対抗することはできない。

と述べた。<立証省略>

被告早田茂の訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め同被告に関する原告主張の(一)乃至(四)の事実中、(一)の原告と同被告との間になされた約定中に、原告が訴外京北書房に対する債権の弁済として別紙目録記載の建物を譲受ける権利を行使したときは、直ちに右建物を明渡す旨の条項があつたとの点は否認するが、その余はすべて認めると述べた。<立証省略>

抗弁として被告早田茂は昭和二十九年七月一日別紙目録記載の建物全部を訴外日本化合株式会社に期間二年賃料一ケ月五千円と定めて賃貸し、その際被告柴崎は被告早田の承諾を得て、右会社より二階八畳の間を無償で転借したものであるが、賃借した会社も転借した被告柴崎も当時よりその借受けた建物の引渡を受けてゐたのであるから仮に原告がその主張するように建物の所有権を取得したとしても、原告に対し借家権を以て対抗できるわけであると述べた。<立証省略>

被告小池豊の訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め原告主張事実中(五)のうち同被告が原告主張の主文第二項掲記の部分を事実上占有してゐることは認めるが、右は同被告が個人として占有するのではなく、訴外日本化合株式会社の被用者として、その機関として占有してゐるのである。その余の原告主張事実はすべて否認すると述べ、

抗弁として日本化合株式会社は昭和二十九年七月一日被告早田茂の代理人早田シズカより別紙目録記載の建物のうち、被告小池の事実上占有する部分並に二階を同会社の寮として使用する目的で期間二年賃料一ケ月五千円と定めて賃借、引渡を受け被告小池をして留守番の趣旨で居住させてゐるのであるから仮に原告がその主張のように右建物を取得したとしても、前示会社はその賃借権を以て原告に対抗できるわけであり、従つて被告小池の占有も適法なのであると述べた。<立証省略>

理由

先づ被告早田茂に対する原告の請求につきしらべてみると、同被告に関する原告主張の(一)乃至(四)の事実中、(一)の原告と同被告との間になされた約定中に、原告が訴外京北書房に対する債権の弁済として別紙目録記載の建物を譲受ける権利を行使したときは、直ちに右建物を明渡す旨の条項があつたとの点を除き、その余の事実はすべて同被告の認めるところであり、又原告と同被告との間の約定中に前示条項のあつたことは、同被告がその真正に成立したことを認める甲第二号証並に証人川上実こと河上実の証言により、これを認めるに十分である。以上の事実よりするときは同被告に対する原告の本訴請求は全部正当であつて認容すべきものである。

次に被告小池豊、柴崎利子に対する原告の請求についてしらべてみると、その原本の存在に並に成立について争のない甲第一号証、登記所作成部分については成立に争がなく、その余の部分については証人河上実の証言によつて真正に成立したと認められる甲第二、第三号証、成立に争のない甲第四号証、証人河上実の証言により真正に成立したと認められる甲第五号証の一、二、甲第六乃至第十号証、証人河上実、千葉栄の各証言、原告主張の(四)の代物弁済として別紙目録記載の建物を譲受ける旨の意思表示が昭和三十年六月一日被告早田に到達したことを同被告において自白してゐる事実並に成立に争のない甲第十一号証の一の記載内容を綜合すれば原告主張の(一)乃至(四)の事実を認めることができる。

右事実によれば原告は別紙目録記載の建物を昭和三十年六月一日取得したが、さきに昭和二十八年一月二十四日の仮登記により順位が保全されてゐるので、右仮登記の本登記を経由したとき、又は本登記手続請求の訴訟において、右仮登記後に、所有権の行使に妨げとなる性質の権利を、上叙建物について取得した者に対し、その所有権を以て対抗できるものと解するのが相当である。(仮登記だけで本登記と同一の対抗力を認めることができないことは云うまでもないが、すでに本登記手続請求訴訟を提起し、この訴訟と併合して審理されてゐる事件については、先づ本登記手続請求訴訟の結果、原告が勝訴して本登記を経由した後でなければ対抗力がないとすることは迂遠にすぎよう。)

ところで被告小池が本件建物の内、原告主張部分を事実上占有してゐることは同被告の認めるところである。被告小池は右占有は訴外日本化合株式会社の機関として占有するもので、個人として占有するものではないと云うけれども、他人のためにその手足として占有するものは、他人のためにする占有の外、事実上個人としての占有をもしてゐるものと解することができる。従つて会社の機関として占有してゐるからと云つて、事実上の個人としての占有を否定することはできないものと云はなければならない。唯会社の占有が適法のものならば、会社の機関としての占有と個人としての事実上の占有が不可分な関係上、個人としての占有も正当化されるだけのことである。

被告柴崎については、同被告が本件建物の二階八畳を占有してゐることは同被告の認めるところであり、成立について争のない甲第十二号証によれば右八畳以外の原告主張部分も同被告において占有してゐることが認められる。この点について右認定に反する被告柴崎本人訊問の結果は信用できないし他に右認定を左右できる証拠もない。

そこで被告小池、柴崎の抗弁について考えると、同被告の建物の占有は結局、日本化合株式会社が昭和二十九年七月一日本件建物を当時の所有者被告早田茂から賃借(被告柴崎は建物の全部、被告小池は一部を右会社が賃借したと云うが、それは何れにしても)したことを理由とし、その賃借権に依拠するものと主張するけれども、その主張の通り日本化合株式会社が被告早田から本件建物を賃借した事実があるとしても、すでに判示した通り、本件においては仮登記後の賃借権の取得者は原告の所有権に対抗できないので、被告等の抗弁は採用できない。

してみれば、被告等に対し所有権に基き、各被告の占有部分の明渡を求める原告の本訴請求も正当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用し、仮執行の宣言はその必要があるとは認められないのでその申立をここに棄却し、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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